『FASHION ∞ TEXTILE』の著者、宮浦さんのこと

 新刊『FASHION ∞ TEXTILE』の著者、宮浦さんはじつは芝工大の元・建築学生だったのですが、先生の「これからは建築を建てれる時代じゃない」という一言で、「だったら実際につくれるファッションの道に行こう」と方向変換されたそうです。もちろんまだ建築好きで、イベント会場の設営を403architectsに依頼したりもしています。
 
 現在の活動の趣旨は、地域の産業を守り、その高い技術と文化を伝えていくこと。いまは繊維が中心ですが、ものづくりを通した地域づくりが宮浦さんの大きなテーマです。
 5月から始めた「産地の学校」は、産地の継続のために、若い方に産地に入ってもらうための場。建築家とはややフィールドが違いますが、地域を良くしていきたいという意識は共通しています。
 私も良いものを残し、育てていくお手伝いをできたらと思い本書をつくりました。
 7月12日頃からそろそろ店頭に並び始めます。

 以下、長いですが、宮浦さんによる「はじめに」です。

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 この本は「ファッションデザイナーと繊維産地の協同」をテーマに、前半は「これからの日本のファッション産業」と題してプロジェクトやインタビュー、寄稿をまとめ、後半では北陸の繊維産地の工場を紹介しています。僕たちが携わる「糸編産業」の課題や可能性をまとめたものですが、この本を手にとっていただいた方への自己紹介も兼ねて、僕たちの活動について、そして、どうしていまの仕事を始めるようになったのかを簡単にご説明したいと思います。
 僕は2012年にキュレーションプロジェクト「セコリギャラリー」を始め、同時に「ファッションキュレーター」を名乗り始めました。年間150〜200社くらいの繊維の工場を訪問して、それぞれの工場や職人さんの特技や素材の特徴を理解して回り、それを自社のショールームに並べたりデザイナーに伝えたり、素材を一からつくるお手伝いもする仕事です。
 もともと「全国の繊維工場を回りたい」という目的が先にあって、産地と東京を行き来して、貯金残高が尽きる前に自分の生業が少しずつ形成されて、いまに至っています。リサーチ、執筆、編集、出版、イベントや展示会の企画、媒体づくり、メディアの運営、場づくり、場の運営、素材・商品開発、プロジェクトマネージメントなど、さまざまなところに顔を出して旗を振りすぎて、“宮浦はいったい何をやっている人なのか? 何をしたいのか?”と怪しい存在になっているかもしれません。でも僕のなかでは目的はシンプルで、自分が感動した工場や職人さんの素材や技術とデザインをどんどん結びつけて、日本の素材で心が温かく踊る商品が生まれるサポートをしたい、というところです。さらに僕は、職人さんとデザイナーさんが協業してものをつくる「ゼロからイチ」が生まれるその瞬間を、一番近い距離で見つづけられるので、その情報を伝えることで、つくり手や使い手といった垣根を超えた、ある種の仲間が増えればいいなと思っています。
 そもそもどうして繊維の工場に興味が湧いたかと遡ると、ひとつは大学時代に縫製工場で働かせてもらったこと。週2〜3日で3年ほどお世話になり、職人さんの技術、工場に来る生地屋さんやパタンナーさんとの話にも興味を覚えました。もうひとつは、服飾大学に通っていた頃、ほとんど友達ができずにいつも図書館にいたのですが、当時読んでいた業界新聞では、一面を飾る華やかなファッションニュースの裏で、国内の繊維産地工場の廃業や倒産が日々報じられていました。工場の廃業のニュースに不思議な焦燥感を覚えながらも、一方工場が新しい技術開発の発表というニュースに胸が高鳴り、漠然と産地というワードにわくわくしていました。気がつくと、僕の図書館での毎日の注意はそこにいくようになっていました。
 ファッションへの漠然とした憧れが自分のなかで少しずつ噛み砕かれていき、ファッションをつくる現場に興味が向いていきました。徐々に、入学当初に漠然と描いていた、「デザイナーとして服をつくりたい」とか「ファッションブランドで働きたい」という憧れはまったくなくなり、ファッションがもつ機能と人との接点を考えたり、産地を含めた、糸編産業全体にコミットすることに興味が湧いていたように思います。大学卒業後、幸いにも留学するチャンスをいただいて、日本を離れて考えを整える時期をもつことができました。
 留学ではロンドンに渡りました。そこで、日本で生産されるテキスタイルが世界的に高い評価を受けていることを目の当たりにしました。ヨーロッパにいるファッション関係者にとって「日本といえばテキスタイルがすごい」という評価がスタンダードだったことに驚きました。日本の職人は高い技術をもっていて、良い素材をつくり、世界各国で支持されているのに、日本の産地は衰退している。これは大きな疑問であり、自分のなかで最大のテーマにもなりました。そして、八王子の「みやしん」さんの廃業のニュースが飛び込んできました。たくさんの方々がこの課題についてブログやSNSを更新していて、溢れる議論や情報を追い掛けたのを覚えています。いてもたってもいられずに、直接お話を聞いてみたいと元・みやしん(株)社長の宮本さんを訪ねました。「産地のことを知りたくて、将来何かしたいならその目で現場を見て回らないとね」との宮本さんの言葉に衝動を掻き立てられ、産地の工場を訪ね回り、職人さんたちに話を聞いていきました。そして自分が五感で感じた内容を自費出版で1冊目の本『Secori Book』にまとめることにしました。
 本を書きながら、徐々に先に説明したような代行の仕事も頼まれるようになり、デザイナーと職人をつなぐことが、僕にできること、求められていることだという思いが強くなっていきました。各地で出会った素材を並べ、さらに地方で知り合った工場の職人さんたちが上京する際に、ふと寄っていただき、話を聞けるような場をつくることができれば、東京のデザイナーとも直接つなぐことができるかもしれない。そんな思いでつくったのが「セコリ荘」です。ファッション業界以外の方にも、日本のテキスタイルの魅力を伝えたくなって、もっと気軽にいろんな人に集まってもらえるよう、週末には「おでん屋」を開業することになりました。テキスタイルのショールームもアポイントなしで見てもらえるようになりました。僕にとっては「セコリ荘」というのは週刊誌のようなもので、週の前半に産地で出会った感動や物体を集めて共有する場となっています。テキスタイルを並べ、商品は販売して、僕自身がおでん屋のマスターとなり、週ごとに新しい情報を出して、そして人が人に出会えるオープンな場です。
 前回の『Secori Book』の発行からずっと繊維工場のアーカイブをつくりたいと考えていて、記事の制作をつづけてきました。2015年に北陸産地のものづくりの窓口を目指す「セコリ荘金沢」がオープンしてから、北陸での取材記事が温まってきたのをきっかけに、4年越しに書籍としてまとめることになりました。書籍名は『FASHION∞TEXTILE(ファッション・テキスタイル)』です。日本の産地はもっとファッションとリンクしてほしいし、ファッションももっと日本の素材と共にクリエーションしてほしいという想いから、このタイトルとなりました。この書籍の出版の折、コミュニティスペース「セコリ荘」は一次閉幕となります。産地とデザイナーをつなぎ、日本の繊維・ファッション産業に貢献するために、僕たちは次に何をできるか、すべきか。この本をつくりながらも、いろいろな方にお話を聞きながら、今までの活動の先に僕たちがいまやるべきことがいっそう具体的に見えてきました。今後は、セコリギャラリーは「糸編」と名称を変え、より実践的な活動にこれから挑戦していきます。
 いろいろな思いが詰まった本書をメンバー一同、情熱を込めて制作したので、是非受け取っていただけたら幸いです。
2017年6月
糸編

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